生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリシンプル・コード正式版を解説 対象企業と三つの原則、企業がとるべき対応とは

2026年8月25日、知的財産戦略本部は「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を公表しました。2025年12月に示された案から約8か月の検討を経て、正式版となったものです。

プリンシプル・コードは、生成AI事業者にモデルや学習データ等の概要開示、知的財産権を保護する取組、権利者・利用者からの照会への対応を促します。法的拘束力を持つ規制ではありませんが、受入れを表明した事業者の一覧を政府が公表する仕組みが予定されています。生成AIを開発する企業だけでなく、外部モデルを自社サービスへ組み込む企業にも確認が必要です。

本記事では、正式版の適用対象と3つの原則、案からの主な変更点、情シス・法務・開発部門が準備すべき実務を整理します。

1.正式版が公表されたプリンシプル・コードとは

プリンシプル・コードの目的は、生成AI技術の進歩と知的財産権の適切な保護を両立させ、権利者や利用者が安全・安心に利用できる環境を確保することです。内閣官房の正式文書では、2025年に成立したAI法の趣旨、EU AI Actの透明性・著作権保護の取組、スチュワードシップ・コード等の考え方が参照されています。

特徴は、詳細な手順を一律に義務付けるのではなく、基本原則を示すプリンシプルベースのソフトローである点です。対応方法には「コンプライ・オア・エクスプレイン」が採用されています。事業者は原則を実施するか、個別事情から実施しない場合には、その理由を説明します。

正式文書は、営業秘密や安全性・セキュリティに関する機微な情報の強制開示を求めず、法的拘束力を有する規範ではないと明記しています。ただし、「任意だから何もしなくてよい」という意味ではありません。受入れを表明する場合、実施する原則と説明を選ぶ原則を決め、公開内容と実際の管理体制を一致させる必要があります。

受入れ状況については、事業者がコーポレートサイト等で公表して内閣府知的財産戦略推進事務局へ届け出、政府が一覧化する仕組みが示されています。2026年9月2日時点では、届出の開始時期は別途案内される予定です。

2.適用対象となる生成AI事業者

対象は「生成AI開発者」と「生成AI提供者」を合わせた生成AI事業者です。目的や法人・個人の別を問わず、日本に向けてシステムやサービスを提供する海外事業者も対象になり得ます。

生成AI開発者と生成AI提供者

生成AI開発者は、生成AIシステムを構築し、そのシステムを不特定または特定多数の者へ実質的に提供する者です。生成AI提供者は、生成AIシステムをアプリケーション、製品、既存システム、業務プロセス等へ組み込み、そのサービスを公衆へ提供する者です。

このため、基盤モデルを自社開発していなくても、外部の生成AI APIを組み込んだSaaSを多数の顧客へ提供する企業は、生成AI提供者に該当する可能性があります。一方、従業員が社内業務で外部の生成AIサービスを利用するだけの企業は、通常はこの定義上の生成AI事業者とは異なります。ただし、調達先の開示状況や知財保護措置を評価する生成AI利用者としての確認は必要です。

対象外となり得るケース

正式版では、対象範囲を判断しやすくするため、原則として含まれない者やケースも示されました。

  • 開発工程の一部だけを受託し、開発者へ納入・役務提供するにすぎない者
  • 検証、他システムとの連携実装、運用支援等の一部だけを受託する者
  • 公衆へ提供せず、研究・開発だけを行う者
  • 第三者の権利を侵害する生成物が生じるおそれが著しく低いシステムまたはサービス

また、特定企業のデータだけを使い、その企業内の限定された利用者にのみ提供するケースなどは、実質的な公衆提供に当たるかを個別に確認します。名称が「社内AI」「業界特化AI」であるだけでは判断できません。提供先の範囲、利用できる者、生成物の内容を記録しておくことが重要です。

3.3つの原則が求める開示と照会対応

3つの原則は、原則1が事前の概要開示、原則2・3が条件を満たす照会への事後対応と整理できます。

原則1:モデル・データ・知財保護措置の概要開示

原則1では、誰でも閲覧できるコーポレートサイト等で、使用モデル、学習・検証データ、アカウンタビリティ、知的財産権保護措置の概要を開示します。内閣官房が公表した「概要開示対象事項 具体例」では、主に次の内容が示されています。

  • モデルの名称・識別子・バージョン、公開日を含む来歴、利用規定、トレーニング方法
  • 学習・検証に用いたデータの種類、ウェブクロール、公開・非公開データセット、合成データの利用
  • RAG(検索拡張生成)で参照するデータと、クローラの目的・収集期間・名称等
  • 意思決定を技術的に可能かつ合理的な範囲で追跡できる状態、責任者、文書化
  • robots.txt等への対応、海賊版サイトの回避、学習ログ、侵害生成物を抑制する措置、相談窓口等

すべてのパラメータ、URL、契約書を無条件に公開する制度ではありません。自社が把握できる情報、外部モデルの開発者が管理する情報、営業秘密として公開しない情報を分け、公開しない事項は理由を説明できる状態にします。

原則2:法的手続を行う権利者への回答

原則2は、訴訟、調停、ADR等の法的手続を行っている、または具体的に準備している権利者等からの照会を対象とします。照会者は、対象となるURL等、照会理由、回答の利用目的を示し、目的外に利用しない旨を誓約します。

要件を満たす場合、事業者は、指定された情報が学習・検証データに含まれるかなど、定められた範囲で回答します。提供者が把握していない場合には、搭載モデルの開発者名を回答することも示されています。作品全般について網羅的な探索を求める制度ではなく、事業者が容易にアクセス・確認できる対照情報に限定されています。

原則3:生成AI利用者への回答

原則3は、対象サービスを使って文章、画像、音楽、映像、プログラム等を生成した利用者からの照会です。利用者が、自らの生成物と同一または類似するコンテンツを見つけた場合に、そのURL等が学習・検証データに含まれるかを照会する場面が想定されています。

原則3でも対象情報、照会理由、利用目的等の特定が必要です。加えて、回答を訴訟、調停、ADR等の法的手続に利用しない旨の誓約が求められます。原則2とは、照会する主体と回答の利用目的が異なるため、受付時に同じ処理をしない設計が必要です。

4.パブリックコメント版からの主な変更点

2025年12月の案に対しては、対象範囲、技術的な実現可能性、営業秘密、スタートアップへの負担などについて意見が寄せられました。2026年8月18日の「AI時代の知的財産権検討会」資料では、修正箇所を付した案が示されています。

対象範囲と開示の限界が明確になった

正式版では、生成AI開発者・提供者の定義に加え、部分的な受託者や公衆提供を伴わない研究開発が原則として含まれないことが明確になりました。また、権利侵害生成物が生じるおそれが著しく低い場合の扱いも追加されています。

さらに、営業秘密と安全性・セキュリティ情報を強制開示しないこと、法的拘束力のある規範ではないことが明記されました。原則2・3では、照会者、対象情報、利用目的、誓約等の条件が細かく整理されています。これは事業者の回答範囲を限定し、濫用的・抽象的な照会を抑えるための重要な修正です。

柔軟性は増したが判断責任は残る

正式版は、現時点の原則が完全なものではなく、各サービスの事情によって対応不可能な事項があり得ることを前提としています。運用状況や国際動向を踏まえ、文書自体を改定する方針も示されました。

一方、対象かどうか、どこまで実施するか、何を営業秘密として開示しないかは、各社が判断して説明します。OSSであることや小規模事業者であることだけで一律に除外されるわけでもありません。柔軟性がある分、判断根拠を社内で残すことが重要になります。

5.企業への学び:情シス・法務・開発が整えるべき対応

プリンシプル・コードへの対応は、公開文を作るだけでは完了しません。外部へ説明する内容と、システム・契約・ログ・問い合わせ対応を一致させる必要があります。

1.自社の立場と対象サービスを判定する

最初に、自社がモデル開発者、サービス提供者、社内利用者のどれに当たるかをサービス単位で整理します。外部APIの利用有無だけでなく、提供先が公衆か、受託先だけか、グループ内だけか、どのような生成物を出すかを確認します。対象外と判断する場合も、利用者範囲や機能を根拠として記録します。

2.モデル・データ・契約情報を棚卸しする

原則1の具体例に沿って、モデル名とバージョン、開発者、学習・検証・RAGデータ、クローラ、利用規約、知財保護措置、責任者を一覧化します。外部モデルについて自社で把握できない項目は、ベンダーの公開情報と契約上の照会経路を確認します。モデル更新時に古い開示が残らないよう、バージョン変更を公開文の更新へつなぐ手順も必要です。

3.コンプライとエクスプレインを項目ごとに決める

すべてを一括して「対応」「非対応」と判断せず、開示項目・原則ごとに整理します。情シスと開発部門が技術的な把握可能性を確認し、法務・知財部門が営業秘密、ライセンス、権利者対応との整合を確認します。公開前には、事実と異なる説明や、セキュリティ上公開すべきでない構成情報が含まれていないかを承認します。

4.原則2・3の受付と回答フローを分ける

問い合わせ窓口では、請求者の立場、法的手続の有無、対象URL等、照会理由、利用目的、必要な誓約を確認します。その後、法務・知財部門が要件を判断し、開発・データ担当が確認可能な範囲を調査し、承認者が回答します。回答できない場合にモデル開発者へ確認する手順、対応記録の保存期間、濫用が疑われる場合のエスカレーションも定めます。

5.届出開始前から開示案と証拠を準備する

届出受付を待ってから調査を始めると、モデルやデータの情報が部門ごとに分散している可能性があります。まず対象判定とギャップ分析を行い、公開案、実施しない理由、根拠資料、更新責任者まで用意します。正式な届出様式や開始時期が公表された段階で、最新情報に合わせて最終確認できる状態が現実的です。

AIサービスを調達する企業も、ベンダー選定時に、モデル・データの概要、知財保護措置、問い合わせ経路、モデル変更時の通知を確認できます。プリンシプル・コードを調達時の共通確認項目として使うことで、利用開始後に情報不足が判明する事態を減らせます。

6.まとめ

2026年8月25日に公表されたプリンシプル・コードは、生成AI開発者・提供者に対し、モデルやデータ等の概要開示と、条件を満たす権利者・利用者からの照会対応を促すものです。法的拘束力はなく、営業秘密等の強制開示も求めませんが、コンプライ・オア・エクスプレインにより、各社の判断と説明が可視化されます。

企業は、まず自社が対象となるサービスを判定し、モデル、RAGを含むデータ、契約、知財保護措置を棚卸しする必要があります。その上で、公開する内容と説明を選ぶ内容を決め、原則2・3の受付・調査・承認フローを整えることが重要です。情シスだけに対応を任せず、法務・知財・開発・事業部門が共同で、公開情報と実際の運用を一致させることが求められます。

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参考文献

この記事の著者

花島一颯 (Hanajima Issa) | AI共創総研 コンサルタント・リサーチャー

東京大学工学部 機械工学科(熱エネルギー工学研究室)に所属。主に熱電変換技術を専門とし、新デバイスの開発研究に従事している。特に、デバイスの出力分析や、熱流体現象としての対流効果に着目した解析を行っている。日本伝熱学会での発表経験を有する。現在はAIリスク・セキュリティ分野での研究も行っており、コンサルティング業務を担当している。